社宝「玉ちゃん」の話

こんにちは、wandervogelのくりもときょうこです。


前回好評だった「社内おもしろい人列伝」の二人目です。


といっても、わたしは直接知らない方です。

夫からの口伝でしか知らず、でもすごくおもしろくて会ったこともないのに姿が目に浮かぶような人です。

せっかくなので、ここに書き記しておこうと思います。



その方のお名前は……「玉ちゃん」としておきましょう。


玉ちゃんは「社宝」と呼ばれていました。

すごくないですか?

「社」の「宝」ですよ?


夫が入社して初めて配属された部署で、向かいの席に座っていたのが玉ちゃんでした。

部署で初めて飲みに連れて行ってくれた人でもありました。


「今日は、1軒15分くらいで20~30軒紹介してやるから」と豪語されて新宿に飲みに連れて行ってくれました。

しかも、「当分は飲みに行ったときに財布は出さなくていいから」と何とも気風のいい発言もセットで。

一体どんなめくるめく新宿の夜を過ごしたのだろうと思いきや、なんと3軒目で午前3時を回ってしまったそうです。


新入社員だった夫は翌朝早く出社しなければならなかったので、さすがに「もう帰っていいですか?」と玉ちゃんに尋ねました。

ベロベロに酔っぱらっていた玉ちゃんは新入社員が足手まといになっていたようで、「もういいよ」と解放してくれたとか。

ちなみに玉ちゃん、翌日は会社に出てきませんでした。


玉ちゃんはとにかく人気者で、飲み屋に行くとお店の人になかなか離してもらえず、それもあって3軒回るのに午前3時までかかってしまったようです。


ひとたび新宿に飲みに出れば、3~4日会社に来ないのはザラ。

一体いつ仕事をしているんだろうと、夫は不思議に思っていたようです。

(会社では借りてきた猫のようにおとなしかったとか)

それでも原稿はちゃんと取っていたというのですから、社宝と呼ばれるだけのことはあります。

作家にもとても愛されていたそうです。


飲みの席でのエピソードには事欠きません。


次は、玉ちゃんが新入社員のときの話です。

歓迎会でしこたま飲まされた玉ちゃんは、泥酔してしまいました。

飲み屋の二階の階段に立ち、「ぼくは飛べるんだー!」と叫んで……ダイブ!

……入院して、しばらく会社を休む羽目になったそうです。


部内旅行に行ったときには、もちろん朝からずっと飲んでいるわけですが、帰りの車中でも飲んでいて、「これから新宿で飲むんだー!」と子どもが駄々をこねるように(実際、道に寝転んで手足をバタバタしていたらしい……)言い出し、周りはドン引きして「じゃあ、行かせてあげようよ」と送り出したという話も。


また、とあるバーのママ(ふくよかな方)とタクシーに同乗した折には、いつも通り泥酔していた玉ちゃん、何を思ったのかママのおっぱいを揉んだほうがいいのではないか、それが礼儀なのではないかと思ったそうで……。

タクシーの天井をずっともみもみしていたそうです。

酔っ払いすぎて、空間認識すらおかしくなっていたんでしょうか。

後日、そのママが「玉ちゃんったら、おかしいのよ~」と皆に暴露していたそうです。

ちなみにそのママ、お店に来たお客さんの前に立ちはだかり、「会いたかったワ、やりたかったワ」と言ってハグするというのが恒例だとか。


最後は、飲み過ぎてお義父さんの訃報を意外なところで知った話を……。

玉ちゃんの奥さんのお父さんはプロ棋士(八段!)で、そのお父さんが玉ちゃんをいたく気に入って「ぜひ娘と結婚してくれ」ということで結婚したそうです。

そんな風に見初められたにも関わらず……いつものように新宿で飲み、徹夜でマージャンした朝、飲み屋で開いた朝刊になんとお義父さんの訃報が載っていたのです。

玉ちゃん、「いけね! おやじが死んだから帰る」と言って慌てて帰ったそうです。

(携帯電話がない時代ならではの話ですね)


よくこれだけエピソードが出てきますよね……。

いかにも「ザ・オールドファッションド・編集者」って感じで、話を聞いているだけで何だかありがたい気がしてきますよ。


夜行性の玉ちゃんも運動神経はよかったようで、社内の文芸編集者の野球チームで活躍していたとか。

ピッチャーとして投げれば、蠅が止まりそうなほどのスローボールを投げるもんだから、タイミングが合わなくてみんな打てない。

(バッターとしては特に印象に残っていないらしい)


天は二物を与えずと言いますが、玉ちゃんは例外で、歩くだけで逸話が生まれてしまうようなところがあったんですね。


いい加減を絵にかいたような玉ちゃんですが、真面目で筋を通すところのある人でした。

バブル真っ盛りの頃、サントリーの会長が東北差別発言をしたことがありました。

それに憤慨した玉ちゃん、以来サントリーの酒は飲まないと、きっぱりサントリー断ちしたそうです。


真面目で筋を通せる人だったからこそ、酔っ払いエピソードに事欠かない規格外の人でありながら、作家にも飲み屋の人にも先輩にも後輩にも愛されて、「社宝」とまで呼ばれていたのだろうと推察します。



時は流れ、夫が入社15年目くらいのときに、ある作家のお葬式で玉ちゃんと会いました。

当時、玉ちゃんは校閲部に異動していました。

夫の顔を見るなり、玉ちゃんは開口一番「新連載で誤植出しちゃダメだよ~」とカマしてきました。

夫は編集長と一緒だったので、二人して恥ずかしい思いをしたそうです。

玉ちゃん、やるなぁ。



玉ちゃん、今は残念ながらすでに鬼籍に入っています。

最期も規格外で、ハワイに遊びに行った帰りの飛行機の中で眠るように亡くなっていたそうです。

(たまたまその機内に後輩も乗っており、その現場を目撃することになったとか……すごい偶然です)



玉ちゃん以降、今現在に至るまで、社内で「社宝」と呼ばれる人はいません。

これから先もこんな傑物はなかなか出てこないでしょう。

というか、こんな人、社会人としては常識外れもいいとこですよね。


ではなぜ、このような人が会社員として勤め続けることができたのか。

長くなったので、その背景については別稿に譲るとしましょう。




0コメント

  • 1000 / 1000

wandervogel

あなたの頭の中、心の中を文章で“見える化”しませんか? 「編集」であなたの人生や仕事を彩るお手伝いをします。 wandervogel(ワンダーフォーゲル)は 「聞く」「書く」「まとめる」を専門にしています。 編集、取材、聞き書き(インタビュー)、文章の作成・添削、文字起こしなどの一般的な編集・ライティングサービスだけでなく、 文章を書くサポート、本を書きたい人の編集サポートも行っています。